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春も間近い如月の末、
暖冬だったのとの帳尻を合わせたいか、やや冷える日が続いた宵の街で、
物騒な襲撃事件があちこちで勃発。
どんな輩の仕業やら、闇から襲い掛かって来た何者かに切り付けられたと
軍警や市警の屯所へ通報したり駆け込んだりする人がたったの一晩でざっと10人近くも出たそうで。
次々に刃物で切りつけるだけで金品などを強奪したいわけではないらしく、
また、相手を徹底的に切り刻んで殺すまでにも至っては居ない。
刃物でという凶行である以上 人騒がせにもほどがありはするが、
それでも加減はしているというのなら、いわゆる “愉快犯的な”通り魔だろうかという見解も出たものの、
『そこは微妙だな。』
人通りのない場所でが多いながら、それでも場末というほどじゃあない現場ばかりなので、
騒ぎを聞きつけて人が駆け付けていたり、
通報されたかサイレンが鳴り響いたりしたのへ気づいてのこと
深追いはしないで逃げたケースもあったとか。
一晩のうちに何件も立て続いていることから “同一犯の仕業か?”との目串が差されかかれているところであり。
人騒がせな愉快犯か、それともヨコハマに悪夢を齎す悪鬼の仕業か、
後者ならば、段階的にもっと手酷いことが起こる先触れかも知れぬとばかり、
頻発している現状へ捜査陣営がさっそく困惑していたのだけれど。
間が悪いことに、探偵社が誇る明晰な頭脳の持ち主である乱歩さんは警視庁からの依頼で帝都まで出張中で、
一応は電話も掛けはしたが、そちらの捜査が早々に一段落したらしく、
結構 難解な事案だったがための好奇心の糸が切れた反動か、只今逗留先にて熟睡中とのこと。
まま、何でもかんでもあの名探偵の超推理に頼っているばかりじゃあ芸がない。
単純な通り魔事件でしたなんてものへまでお出まし願うこともなかろうと、
他に被害は出ていないか、新たな騒ぎが起きないようにという警戒も兼ねて、
探偵社の顔ぶれも容赦なく投入され、深夜から未明の街を警邏して回った昨夜だったのだけれども。
そのせいで眠いとさっそくだらけていた美貌の才女、
せっかくの麗しさを就業態度の悪さと包帯まるけにすることとで何%か削減しておいでの
先輩調査員たる太宰嬢へ こそりと近づいた虎の子ちゃん。
そんなお姉さまと実はいい仲の、
マフィアの狂犬こと、黒獣の女主の芥川という少女と昨夜たまたま会ったのだと告げて。
さすがに仕事中の警邏先だったし、何よりも相手はマフィアの指名手配犯、
いでたちからして就業中ですと言わんばかりの例の黒外套姿だったし、表情も真摯に硬いまま。
夜陰に紛れる格好であれ、仲がいいことを誰ぞに見咎められても面倒だというのはお互い判ってもいるので。
こちらからもあえての愛想は振らず、見なかったこと扱いで通り過ぎかかった敦ちゃんだったらしいのだが。
「その擦れ違いざまに、こう言われたんです。」
何かとっても重要なことのように身構えたまま、そこで言葉を一旦区切ると、
他に聞かれないようにか周囲を視線だけで素早く見回し直してから、
おもむろに小声で付け足したのが、
「太宰さんは息災か、って。」
「………はい?」
太宰にしてみても思いもよらない伝言だったか、
頼もしすぎてあんまり驚いたりはしないお人が、ついのこととて再び目を見張ってしまわれた。
あの少女とこのお姉様、現在 敵対関係にある組織へそれぞれが属す間柄だとはいえ、
最近の復縁からこっち、そりゃあ頻繁に、何なら毎日のように会う機会を設けておいでで。
朗らかで屈託なく見せて 実は他人を踏み込ませぬところの強い姉様がそうまで慈しむところから、
どこか頑な、実は人に慣れていない節の強いあの禍狗姫さんも、
初々しい含羞みを抱えつつも素直に甘えるようにもなってのこと、
それは睦まじく過ごしておいでと聞いていたのだが。
先程も自分で言っていたように、ここ数日ほどは じかには会えてないらしい二人なようで。
「中也は何て言ってるの?」
「それが…。」
虎の子ちゃんは虎の子ちゃんで、
彼女もまたちょっとした縁があってのこと、
マフィア幹部のお姉さまに妹のように可愛がってもらっているがため、
かつての双黒の二人と、今現在鋭意育成中の新しい双黒という四人して、
何かとごちゃごちゃ共に行動していたりもし。
そんなこんなで事情が通じ合っている者同士ということで、
共闘関係以外のことへも密に連絡を取り合っているのではあるが、
「ここ何日か、任務外の行動を取っているとかで。
連絡もつかないのか、見かけたら知らせてくれと。」
そうと頼まれちゃあいたれども、
こっちも物騒な案件の警邏中に見かけたその上、
太宰への伝言っぽい言いようを授かったものだから、
彼女なりにどうしようどうしたらと考えあぐねた末に、まずは太宰へ伝えたらしく。
「あ・いえあの、中也さんにも lineは送っておいたのですが。」
「こらこら、任務中の情報の漏洩だぞ?」
つか、あのナメクジ女と ID交換してるの?
え?はい。…ってゆうか、
その呼び方やめて下さいっていつも言ってますよね。
あんなカッコいい人捕まえてナメクジだなんてどういう例えなんですか?
……って、おいおい、脱線するのは もーりんだけにして下さい。
それはともかくとして
芥川龍之介と言えば、此処 ヨコハマの裏社会のみならず、
表世界でも堂々の指名手配をされておいでの最凶の 殺人鬼として知られており。
その異能までは公にされていないものの、
身に着けている衣類をそれは残虐な黒獣に転変させ、
人でも炎でも何なら空間までも 何でも抉り取る牙として操る異能の凄まじい威力と、
当人の感覚や常識などといった部分に何処か何かごそっと抜け落ちている危うい偏りとが、
何とも言い難い魅惑となって詰まった奇跡の存在だとし。
殺戮の狗として育て甲斐がありそうだと、
歴代最年少の上級幹部に上り詰めた太宰嬢が貧民街から拾ってきたのが馴れ初めだったとか。
自分の狗として手に入れたと表向きには公言していたが、
実は実は 一目惚れに近い想いを抱えたそのまま、出会った当初からぞっこんだった愛し子で。
『ンもう、なんて可愛い子なのvv』
風貌の凍るような麗しさといい、そのくせ何も知らない無垢なところといい、
それでいて 異能を操る折の非情なまでの冷酷さといい、
どんな未来も見通せる自分には味気無さ過ぎる俗世へ倦怠していた
黒社会の才女さんには久々の興奮をもって関心を持たせた逸材で。
誰ぞに抱え込まれる前にと、わざわざ自分で勧誘しに行ったほどの入れ込みようだったとか。
とはいえ
例外的な若年、しかも女という身で上級幹部となり、
近いうち歴代最年少で五大幹部の席へ着くのは確実とまで噂されていた太宰であったがため、
自身は勿論、その周囲へも過ぎるほどの用心が要った。
組織にありがちな話で、そのような厚遇にあるからには羨望の目に囲まれているのも同じこと。
誰も彼もがただただ組織の繁栄ばかりを優先してはない。
むしろ、正道を侮り、人を陥れることで成り上がることさえ厭わないような連中の方が、絶対数的には多くいて。
出来るだけ高みへ這い上がりたく、周囲を皆 敵視して足を引っ張り合うのが常套で。
誰ぞかの奸計に利用されて骸となるよな愚行は真っ平だというのはともかくも、
明日は我が身となる前に、媚びる相手はようよう見極め、叩ける存在は早いうちに摘むが上策。
よって、首領の右腕だった主治医の秘蔵っ子、なんてな肩書だった少女は、
そのまま 先代の後を継いだ新しい首魁の懐刀となるやもしれぬ。
直接の攻撃は諸刃の剣となりかねぬが、子供のくせに人を上から見下す業腹な相手には違いなく。
だったら本人ではなくその周囲を、持ち物を傷つけるのはどうだろう…なんて、
姑息なことを思うよな低俗な輩も多く抱えられていたため、
それへの対策の一環も兼ねて、あえてキツイ当たりようをした。
それでなくともどこか天然、物を知らないままなところが多々あったので、
正すのを兼ねてのこと、殴る蹴るという苛烈な“教育”を誰の前ででも容赦なく浴びせて、
挙句には“使えないポンコツ”だと罵りさえした。
よく切れる刃ではあるが振るい方がてんでなってないとか、頭の使い方が足りないとか、
心根をまで抉るような罵声を浴びせ続けたのは、
『可愛がっては妬まれる。それに、善いものは欲しがられてしまうからね。』
そこは不器用にも 人の気持ちを解するという点でも辛辣な攻撃法しか知らなかったか、
情というものの扱いを知らず、計算ずくでの合理的対処で十分と思っていたものか。
頭が良すぎた弊害、感情までもを論理で弾き出してのその結果、
妙なところで配分を大きに間違えまくって相対しており。
実は構いたくてしょうがない気持ちを押し殺し…切れない分を、
反動つけての思いきり、親しい周囲に駄々洩れにした居たことも結構あったと、
敦ちゃんも のちに中也から聞いていたほどで。
『もうもうもうっ。
あれほど凶暴凶悪な攻手を持っていて、なのに なんであんなに可愛いのかしら。
叱られたと肩を落として去ってゆく細い背中なんて、
この私でさえ駆け寄って励ましたくなってしまうほどなのだよ、織田作。』
などなどと。
こそりと飲み仲間にしていた織田や坂口、実戦の場での相棒だった中也などへ、
こんな顔もするんだと呆れさせるほどに洩らしていたことは
今現在、何かの意趣返しのように少しずつ暴露されつつあるのだが…。
「のすけちゃんの方から “息災か?”なんて訊いて来たものだから、
ボク、てっきり喧嘩でもしていて太宰さんから連絡を断っているものかと思ったくらいですよう。」
マフィアを抜けてからの再会以降も、
故意に意地悪な物言いをし、褒めれば停滞しよう狂犬ちゃんの揮発剤に敢えてなり続けたらしい太宰さんだが。
とあるドタバタを切っ掛けに そんな虚しい小細工なんか要らないとの歩み寄りを為し、
めでたくもややこしい身構えなんか要らない間柄となってからのこちらは、
むしろ姉様の方からいそいそと 仕事帰りの黒の姫を急襲しては共に過ごすようになっていたらしかったのに。
なればこそ、相変わらずの遅刻三昧だとか、
それでも最近は入水だの首つりだのという自殺に励まなくなったこととか、
敦よりもようよう知ってる立場だろうはずの彼女から、そんな基本的なことを訊かれてしまい、
???と怪訝に感じた虎の子ちゃんだったらしいのだが。
「それで気になったのが、最近はあまり感じなかった血の匂いが強かったことで。」
「……おや。」
言葉を濁すようにもしょもしょと紡いだ敦だが、この子は耳や鼻が利く。
何なら動体視力も遠目も利いて、人間索敵器としてかなりの級で優秀だったりし、
虎の異能のおまけのようなもので、何でもないときはいっそ意識して押さえているくらい。
知己の身を探るなんて普段は思ってもないことだからと注意しないよう構えていたらしいが、
話の不審さから呆気にとられた弾み、つい拾ってしまったのがそんな血なまぐささであり。
「でもそれって…。」
「ええ、ボクだって判ってますよ。」
裏社会の組織に属す人間として、上からの指令が下されれば人を殺しもする嬢だというのは敦も重々判っている。
貧民街でギリギリの命つなぎをしていた身、それを引き上げてくれた組織だ、
生きてゆく場を与えられた恩を返さねばならないのだし、
それが真っ当な方法でないことへも、
異能を活かすことで年齢には不相応なほどの功績を示せているのだからと、
当人的には特に不満はないらしく。
それどころか、一時期、あちこちに爆弾を仕掛けるほど暴れていた失速ぶりは、
代わりにかぶってくれたら恩に着るとか、別口の抗争の余波だと誤魔化すなどという
マフィアとしての組織的押し出しを用いても隠しきれない暴走だったことから、
公安から此奴が主犯の疑いありと太鼓判を押された格好で指名手配をされてしまったほどに。
すっかりとそっち社会の生き方に染まり切っている身でもあるお嬢さん。
なので…という言い方も何だが、血の匂いがしても奇異なことではないような存在ではあると、
敦も重々判ってはいたのだが、
「間が良いんだか悪いんだか、あんな騒ぎへの警戒のさなかだったじゃないですか。」
でも、太宰さんが無事かどうかと聞いて来たのは辻褄が合わないし…と。
昨夜の辻斬り騒ぎと関係があるやらないやらが気になってしょうがないらしい白虎の少女へ、
「う〜ん、そうだね。敦くんに隠しごととするのは筋違いというか水臭いかもしれないし。」
「…はい?」
「ポンコツなところが可愛くはあるけれど。勘違いしたままなのは正さないといけないしねぇ。」
「太宰さん?」
to be continued.(20.02.28.〜)
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*相変わらずのカメの歩みですね。
ちょこっと仕事と身内のドタバタも挟まってて、
集中しにくいので、いつにも増しての回りくどさになってます。
推敲する時間も欲しいなぁ…。

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